第二回ゲスト 水谷勇紀さん(レコーディング・エンジニア)

水谷勇紀さん

YUKI MIZUTANI

わたし(秋山羊子)が大好きな人をお招きして、そのゲストの方にとっての「人生の一枚」をめぐって対談をするコーナーです。

第二回目にお招きする方は、水谷勇紀さんです。
水谷さんは現在スタジオ・レダのレコーディング・エンジニア兼店長さん。
『指一本で倒されるだろう』のアルバム制作では一肌も二肌もぬいでくださいました。とても信頼できる人です。
水谷さんとはなぜかいつも食べ物の話になる。一番の好物はじゃがいも。
あとカエターノ・ヴェローゾが好き。キャンプ好き。
最近水谷さん自らが考案したビールダイエットには笑いました。
そんな水谷さんをお迎えしてお送りします。

水谷勇紀さんが持ってきた一枚
PAT METHENY - Secret Story

PAT METHENY - Secret Story

羊子(以下、Yoko):このアルバムを最初聴いたときの印象はどんな感じでしたか?

水谷勇紀さん(以下、Mizutani):最初に聴いた時は、当時いたスタジオで真夜中に照明を暗くしてフルボリュームで聴きました。こういうのがスタジオで働く特権です。とにかく一曲目頭のカンボジアのコーラス隊の美しさに感動して、最初の数秒で本当にノックアウトされて、そのまま最後まで頭が真っ白になってしまいました。

Yoko:あぁ、そのノックアウトっていうのわかります。わたしが聴いての印象は、地球のいろいろなものをつめこんで、けど全て一つの流れの中にある感じ。それに時空を超えるような感覚があって。何か自分が飛行機とかヘリコプターにのって空から地上を眺めて突っ切っていく感覚がありました。聴いていて常に映像が浮かんできました。水谷さんは何か映像は浮かびましたか?

Mizutani:曲によっていろいろ浮かんだと思いますが、前半は明るい曲が多いので木漏れ日のようなキラキラした映像を思い浮かべたと思います。パット・メセニーの音楽は世界中の音楽を上手く取り入れているので本当に世界旅行をしているような気になりますね。

Yoko:そう、あと「共存」とか「平和」というキーワードみたいなものが浮かんできたんです。何かメッセージみたいなものは感じましたか?

Mizutani:後半の曲調は暗くなるのですが、そこではとても大きなものを感じました。たしか、そのころは湾岸戦争の最中で、夜中にこのアルバムをかけていたらアメリカのニュース局の流す戦争の映像とシンクロしてしまい、12曲目の「the truth will always be」で涙が止まらなかった事がありました。

Yoko:あっ、わたしはこの曲でとくに「共存」というキーワードが浮かんできたんです。

Mizutani:そうでしたか。基本的にこのアルバムの印象はとてもシンプルに「良い音楽」という感じです。おかしな話ですが、当時の自分にとっては、物凄い技術と才能とエネルギーを使って、かつ「良い音楽」を作るという事がどうしても不可能に思えていたのでとてもショックだったのです。パットメセニーはやりたい音楽をやり切っているのに多くの人に受け入れられる事の出来る普遍性の様な間口の広さがあって、でも矛盾していないのは結局「良い音楽」という事なのかと思いました。

Yoko:なるほど。わたしはパット・メセニーってすごく素直だなって感じました。素直さってきっと間口を広げるんじゃないかと思うんです。

Mizutani:そうかもしれませんね。こういうアルバムがある事に勇気付けられました。こういう音楽を作る人達と、それを受け入れる人達と、その両方がいる世の中は素敵だなって思ったのです。

Yoko:わかります。いい作品にふれると背筋がピーンと伸びるの。

Mizutani:このアルバムが示したような、演奏技術や録音技術がとても高くて、それだけではなく多くの受け手がいて、その人たちがまた送り手になって良い音楽がどんどん広まっていく。大げさですけどそういうものをいつか作ってみたいと思います。

Yoko:わたしも作りたいです!

Mizutani:秋山さんの音楽は、自分をさらけ出す、とても個人的な音楽だと思うんですけど、このアルバムに共通点の様なものを感じますか?

Yoko:さっき話した素直さかしら。わたしはできるだけ素直でありたいと思って曲をつくっています。あと、さらけ出すのとはある意味対極なんですけど、適度に抑制された感じが共通点かな。水谷さんは今あらためて聴いてみて印象は変わりましたか?

Mizutani:今改めて聴き直すと、個人的な思い出と重なってやっぱり涙が出そうになって全部は聴けなかったです。誰にでも人には言えないそういうものってあると思うので、そういう個人的な心の奥の何かに触れる音楽でもあるところがこのアルバムの普遍性に繋がっているような気がします。

Yoko:今思ったんですけど、全てのものって結局同じものからできてる気がするんです。表面上は違って見えても。そう考えるといろんなことを許せるんです。べたな言い方なんですけど、この作品には愛があるんだと思います。

Studio Leda ウェブサイト http://www.studioleda.com/

(2008.3.20)

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